ある友人が政治談のついでに、あなたのお国にもゴタゴタが絶えないが、いざというときには、クレマンソーのような大物が出てくるからいいですな、と褒めるよな、慰めるようなことを言ってくれた。クレマンソーと言われて思い出した昔話を御紹介しよう。
第一次世界大戦の最後の年のこと、フランドル戦線で連合軍が危なくなり、わたしの属する部隊は援軍として派遣された。幸い三日の激戦の後、危機を脱してひと息ついた。喜んだ首相兼陸相のクレマンソーはわざわざ戦線にきて将兵をねぎらい、各部隊に向かって特にクロア・ゲール(日本で言えば金鵄勲章)に値する働きをした者を今すぐに行賞したいから推挙するように、と申し渡した。で、わたしは自分の部隊からブーニエールという兵卒を呼び出した。この兵士は非常な危険を冒して、連絡の断たれた四つの部隊に重大命令を伝えたのであった。実はこのことはだれの目にも実行不可能と見え、連隊長でさえ、一つでも連絡がつけば、ぐらいの希望で派遣したのであった。ところがこの男は弾丸の雨をものともせず、猿のごとく右に走るかと見れば左の穴に身を伏せ、横に飛び斜めに走りして、たちまち姿を消してしまった。そして夕方ひょっこり帰ってきて、使命を果たしたと報告したときは、一同目と耳を疑ったものであった。後援部隊の奇襲が成功にたのは、全く彼の働きによるのである。
ところでこのブーニエールという男は、およそ英雄らしくない無骨な田舎者で、特徴はと言えば、ひどく口の悪いことだった。朝から晩まで祖国フランスや政治家どもをののしる。中でも終始槍玉に止るのがクレマンソーだった。スープがまずいにつけ、靴が破れるにつけ、あのクレマンソーの畜生のおかげでこんな目にあう、ということになる。我々は一日に何十度”クレマンソーの畜生”を聞かされてきたかわからない。この毒舌家を、畜生呼ばわりされている当人の前に連れて行くのはちょっと皮肉な気がした。
とにかく、矩形に整列した連隊の中央に、クレマンソーが簡略な狩猟服姿で立っているところへ、わたしはブーニエールを連れて進み、手短に彼の功績を述べた。クレマンソーは感嘆の面持ちで朴訥な若者の顔を眺め、議会での獅子吼よりも一段と声を張り上げ、次の言葉を述べながら彼の胸に勲章をつけた。
「自分が今日ここに来たのは、フランスに代わって功労者に感謝を表明するためである。君の胸にこの勲章を飾ることを非常に嬉しく思う。こういう場合、君を誇りとして抱擁すべきは、君のお父さんとお母さんである。しかしお二人ともここにおられぬから、自分が代わって君を心から抱擁する」
ブーニエールは、頭から足の先まで木の葉のように震えながら、感極まって泣いていた。
やがて隊に戻り、皆からおめでとうを浴びせられたとき、まだあふれる涙を払いながら、彼はこう言ったものである。
「あのクレマンソーの畜生が、あんなにまでして、おれを抱いてくれやがって・・・・」これを聞いてわたしは、口が悪いというのは必ずしも心の悪さを示すものではない、と悟ったのである。人間だれも完全な善人と言えぬが、腹からの悪人もいないわけである。